その世界大会は、日本に留学している世界各国の留学生たちが、さまざまな意見交換をしたり、自国の紹介をしたりするというもので、僕は大学生日本代表という立場で、幹事や司会補佐などをしていた。
彼らは日本での将来に興味津々で、資格試験の構造や就職活動の仕方などについて多様な質問をした。オーストラリアの留学生が「履歴書の書きかた」について質問したとき僕の回答順がまわってきて、日本代表として答えたものだ。
ぼく「履歴書は手書きで、黒か青のボールペンを使いましょう。コピーをとるため、熱で消えてしまうフリクションなどのボールペンは避けてください」
留学生1「え、履歴書は手書きなんですか? 間違えたらどうするんですか?」
ぼく「手書きです。間違えたら、一から書き直します」
留学生2「字が汚いひとはどうやって書いてるんですか?」
ぼく「字が汚いひとは精一杯がんばって丁寧に書くよう努めます」
会場「………」
ぼく「…?」
会場「…ハァーッハッハッハッハッハ‼︎‼︎ コイツァ傑作だぜ!!!」
海外では履歴書をプリントアウトして提出する国が多い。日本の悪しき慣習のせいで僕は日本代表として恥をかくこととなった。
◇
そんな世界大会で、マレーシアの男の子「ワーくん」と仲良くなった。
京都の大学で民俗学を勉強していた彼は、昼間遊んでいるときは「明日は学校だ」とダルそうに言っているんだが、夜になると「明日は休みだ」と言ってカラオケを続行するような、典型的にダメな感じの男の子だった。
ワーくんは23歳で、多浪して大学に入った僕と歳が近かった。そして、彼はいつも女の子に飢えていた。
ある日、ワーくんは僕のもとへきて「日曜日、河原町に女をナンパしに行こう」と言った。「日曜日に河原町で多国籍のイベントがあるから、そこへ行って女をナンパしよう」というのだ。
「あーいいよいいよ、一緒に行こう」と、暇だった僕はお手並み拝見という感じも兼ねて、ワーくんのナンパに付き合うことにした。
「よし」とワーくんは言って、その夜、僕の知らない彼の大学の留学仲間を呼んで決起集会が開かれた。ただ、なんというか、「つねにペーパーバックを読んでいるチビ」「ヒョロヒョロで眉毛の濃いやつ」「チェックシャツを着た体の大きいメガネ」といった感じで、「ワーくんすごいな、このメンバーでナンパするのかよ…」と愉快になったのを憶えている。
まぁ、僕も別にたいした容姿ではないのだけど、ワーくんたちから見て日本人であるホスト国の僕は、英語のコミュニケーションもできて、楽器ができて、絵が描けて、と多芸エリートなイメージがどうもあったらしい。僕のほうも「思わせておけばいっか」と放っておいたので、ワーくんには「コイツと一緒ならイケる」という感じだったのではないだろうか。いい武器を得た、みたいな。
そしたら、ワーくんが連れてきたのが、石原まこちんの『THE 3名様』みたいな連中だったから、おもしろさは倍増である。安いチューハイを飲みながら、ワーくんはときどき真顔になって、スマホを見せては「明日はこういう女を引っかけるんだ」と真剣に話していた。
◇
日曜日が来た。
ワーくんは、洗いざらしのネルシャツを着て颯爽と現れたんだが、一人だ。「あれ、ほかのみんなは?」と訊くとワーくんは口をもごもごさせながら「アイツらはイケてないから」みたいなことをボソッと言った。もうダメダメじゃん、と僕は思った。
自分だけが良ければそれでいいという自分勝手なワーくんのキャラクターは憎めないもので、不思議と板についていた。ダメじゃん。
留学大都市・京都の多国籍イベントなだけあって、ワーくんの好きそうなアジア系の女の子もたくさんいた。僕自身はどちらかというと、ナンパがとか女の子がとかじゃなくて、おもしろでついてきただけの日本人だけど、主役であるはずのワーくんが本当にダメだった。
まず、ナンパ度胸がない。早くも致命的な欠損である。
仕方ないから僕は、河原町のカフェや甘味処で可愛らしい女の子がいるのを見つけると「ねぇワーくん、あの子はどう?」と焚きつける役を買って出た。するとワーくんは「いや、アイツはダメだ」と言う。「アイツはインドネシアから来てるからダメだ」みたいなことを、わかってもないくせに言っては次々に拒否するのだ。
「じゃあ、どんな子が好みなの?」と訊いてみた。マレーシア自体が割と多国籍な国で、インド系のひともマレー系のひとも中華系のひともいてバラバラだからだ。
そこに、タイミングよくインドの女の子が通った。サリーを着た、たぶん女子大生だろうか。日本人である僕は海外の女の子にたいして、異国情緒があるだけで可愛く見えてしまう。しかしここは、ワーくんのお眼鏡にかなう子を、と思って「ねぇあの子は? あの子可愛くない?」とまたも焚きつけた。
しかしワーくんは、「インド人はダメだ」とまたもバッサリだ。「インド人は牛を食わないからダメだ」みたいな宗教上のことを言っていたが、要するに度胸のない逃げ口上である。
その後も、「あの子は?」「アイツは太りすぎだ」「細いよ〜」といった感じで探索は続いた。
こんなことを、朝10時からやっていた。僕は午後からがよかったのだけど、ワーくんがやる気満々だったので仕方なくついてきたらこの有り様である。2時間くらい僕らは河原町をうろうろしては提案と却下を繰り返していた。なんていい話だろう。
「えーちょっとワーくんホントにナンパする気あるの?」と訊いたら「おう…やるよ。でもかわいい子がいないんだ」と言う。でもお昼どきだから一旦ここで昼食をとろうと僕が提案し、コンビニでいくらかの食事を買って公園のベンチに入った。カルピスソーダを飲みながらサンドイッチを食べていた。
するとだ。
僕らの座っているベンチの対角に、ものすごい美人の女の子が座り、しかも泣きはじめた。
ワーくんの好きなマレー系の顔立ちである。「あの子ほら、泣いてるから相談に乗ってあげなよ」と僕はもはや慣れた口調で焚きつける。そしたら「やだよ」と案の定拒否するワーくん。いけよ、と僕は思いながらも「でも可愛いとは思うでしょ? ねぇ、可愛いでしょ?」と退かない。「うん、まぁ、可愛い」とワーくんが折れたので、僕は「じゃあ俺が声かけてきてやるからあとでバトンパスするね」と謎のおっちゃんスキルを発動した。
女の子に「どうしたの?」と声をかけ、会話を試みたが、どうやら英語がわからないらしい。そこで、身振り手振りも交えながら「じゃあ、僕の友達が話せるから、相談するといいよ。いいやつだから」とその子に伝えた。我ながら百点満点の振る舞いである。
そして、いざバトンパスしようとしたら、ワーくんはすっごく遠くのほうにいて、なんか、空とか見てる。
いやなにしとんねんワレェ!! と思いながら、僕は大股でワーくんのもとへ歩いて腕をつかんで女の子のもとへと呼びつけた。ワーくん的には「俺は知らないよ、そのひとが勝手にやってることだから」という空気感を演出してたんであろうことは察しながら、半ば「おら!」という投げやりな扱いでワーくんを彼女の横に座らせ、僕は最初にいたベンチにもどってカルピスソーダの続きを飲みはじめた。
遊びとはいえ泣いてる女の子だから、その話は聞いてあげたいという気持ちもあった。ワーくんがボソボソと彼女と会話しているのを小一時間ながめて、やがてこちらのベンチにもどってきたワーくんは「アイツ、京都の服屋でクビになっちゃって、今日の夜インドネシアに帰るんだって」と告げた。
「えー、じゃあ空港まで送ってあげなよー。いいよいいよ、俺のことは」と言ったらワーくんはコクリと頷いた。
◇
が、結局、その夜僕とワーくんは、朝までビリヤードしてましたとさ。
ワーくんにハッピーエンドは一生こないだろうなと、球をつきながら僕は思った。
いまでも、愛すべきダメ人間であったワーくんに、会いたくなることがたまにある。ワーくん、いまだに良さそうな日本人つかまえて同じようなことやってるかもしれないな、と考えると、その愛らしさに「元気だろうか」と懐かしくなる。
京都でダメな大学生をともに生きた盟友よ、たくましくあれ。
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